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石巻工房

石巻工房について少しだけ書いておきたい。

何度となく書いているけれど、いつも中途半端だったからきちんとまとめてみたい。まず僕は石巻にクライアントがいた。昨年とてもお世話になったクライアントである。彼が震災後に呼んでくれた、だから震災後早い段階で被災地に乗り込むことになった。それが全ての切っ掛けである。途方もない被害状況のなかで、僕はまず彼がお店を再開すること、彼らの住まいを確保すること、それにエネルギーを注ぐことに決めた。僕一人だけではお手伝いできない、だから嘗ての仲間super robotもいっしょに来てもらった。彼らは去年、クライアントのお店の家具工事とサイン工事をお願いしていたし、ボスの細川さんは阿部さんのお姉さん、そして旦那さんのジョフレーを良く知っていたから工具一式つんで現地にいった。
掃除がメインだったけれど、工具があることでいくつか直していけるなという思いはあった。と同時にクライアントが自らの住まいをボランティアセンターのごとく部屋を開放してくれた。実はそれがあとで大きな違いをうむことになるわけど、それはまた別の機会にお話したい。

そんなこともあって、旧北上川から近いエリアは壊滅的な被害をうけていただけれど、工房的な機能をもったスペースが近くにがあれば、復興のスピードも随分違ってくるんではないかと、ぼんやりと思っていた。そんなときに津波の被害をうけながらも、震災後早々に再オープンしたというお店の話を聞いた。オーナーはインパクトドライバーを片手に自分で直したと誇らしげである。

設計事務所やデザイン事務所では当たり前のような気もするが、自分たちで簡単な家具をつくったり、展示会のブースをつくったりする。一つの理由は、実はそのスキルがないと、自分の仕事を発表することのハードルが高すぎるのである。プロに頼むほどコストをかけれないのだ。そしてモノをデザインすることと、自分で何かを作ることの関連性があることを彼ら、僕はしっている。そうした経験を踏まえて、石巻旧市街において、あと1年、2年はDIYのスキル、デザインのスキルが大きくこの町に影響してくるはずだという直感があった。それでも工房の話をしたときに、結構な賛同者がいてくれたことは本当にうれしかった。

デザイナーが社会とどう関わっていくのか、そういった議論がここ数年多かったのも幸いだったと思う。自分のデザインは社会に役に立つのだろうか?と多くのデザイナーが自問自答をしているなかで、震災がおこった。そんなタイミングだったからこそ震災後デザイナーは様々な動き方をした。僕もその様子を眺めていたし、手伝ったりもした。僕の手伝いの全てがうまくいったとは言えないけれど、そこでジタバタしたことで様々なことが見えた。何しろ初めての経験である。良くわからないからこそ、初めて被災地にいったときは、シャベルと長靴、そしておいしい夜ごはんを抱えていった。体を使うしかないと思ったから。状況が落ち着きつつあると同時に、先ほども書いたように、工房をつくったらいいんじゃないかとピーンときた。すくなくとも、僕が石巻にいったときには必要な施設だったし、それがあることで僕の出来ることが格段に増えるという自信もあった。

では工房をどうつくるか?実はその時点ではなにも考えてない。それどころか、工房ができるとして、それだけでいいのか?とさらに欲張って考えていた。5月に石巻にいったときに、注意深く町を眺め、人の話をきいていたときに、僕のクライアントがぼそっと呟いた。「この町には教育が必要だ。」ここでいう教育とは、様々な意味を含んでいたのだけれど、僕は教育という言葉を真に受けて、石巻の学校を調べた。石巻工業高校に建築学科がある。彼らは大学に行く人も、大工になる人もいるようなユニークな学科だった。思い付きでこの学校とまず協働しようときめた。彼らが復興の担い手だからだ。直接彼らの手によって復興させていくわけである。彼らといっしょに何かをつくる、つくることで教育的なこともできるんじゃないかと。特になんの当てもなく。工房と教育をつなげようと、ただそう思ったのだ。

そんな無謀な話に地元の人が動いてくれたのと、先生の昔の職場でのネットワークによって話はなぜかトントン拍子にすすみ一緒にベンチを作ろうという話になった。話はここから動きだす。いや動かさなければいけなかった。実はこの時点では何もない。場所もない、木材もない、そしてお金も。あわてて助成金の申請や、工房の確保、木材の提供先さがした。こうした本来であれば複雑な状況も、わりと短時間でクリアできたのは、震災復興という状況による。皆支援という方向に向いていたから。そうこうすることで、なんとか高校生とのワークショップができることになったわけである。

工房での仕事はなにか。まずは工房の整備が必要だった。津波の圧力によってひんまがったシャッターをきり、新たに扉や窓をつくりなおすこと。工房内のガラクタの解体、作業テーブル。そして高校生とは屋外用のベンチを大量につくった。テーブルも。お祭りのための射的台も欲しいとの要望があったりして、つくったりもした。
結局ベンチ、テーブルはあわせて45台。やればできる。そんなどうでもいい格言を思い出した。

道具を借りに来る人たちもぼちぼち増えてきた。改装につかうもの、解体につかうもの、また作業そのものが楽しくて遊びにきてくれた地元の人たちもでてきた。この工房ではいまベルギーの若い建築家による都市計画を考えるワークショップをやっているが、来月には東北大の学生によるワークショップ、獅子舞をつくる職人、アメリカの家具の会社が復興支援のベースとしてここを使いたいと話がきている。

そして僕は、この工房の機能をさらに充実させて、工具や道具を増やし、コミニケーションの拠点とすると同時に、今後復興するうえで必要な支援をしていきたいと思っている。石巻マルシェをつくろうという話があって、そのプロジェクトをいかに進めていくか考えている。工房では、そのブランディング、プログラム、DIYでできる全てのことを支援していくつもりである。いずれにしても、快適で豊かなマルシェをつくっていきたいので、ただやさいや魚が集まったというものではない、生き生きとしたマルシェにしていきたいのである。どこか車で買いに行くよりも、よっぽど魅力的な、そして遠くからわざわざこのマルシェを楽しみにきてしまうようなそんなスペース。工房にあつまったメンバーであれば僕はできると確信している。

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児島宏嘉

すばらしいです。与えられる教育でなく、若い学生たちが自分で考えて取り組む姿勢を自ら身に付けるチャンスになりそうですね。楽しみです。
私たちも2月のフィンランドデザインフォーラムのスクーリングに参加することになりそうです。






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